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オリックス・バファローズ

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オリックス・バファローズ

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2010年日本生命セ・パ交流戦の成績

チーム打撃成績

試合 打率 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 長打率 出塁率
24 .272 779 90 212 45 1 13 85 14 20 6 59 10 145 .383 .329

チーム投手成績

試合 防御率 勝利 敗北 セーブ 完投 勝率 投球回 奪三振
24 5.59 8 16 4 2 .333 203 153

チーム概要

チームの歴史

1995年リーグ優勝
95年10月24日、地元神戸で巨人を下し日本一に輝いたオリックス。日本一決定の瞬間、右翼を守っていたイチローはファンに向けてガッツポーズ。ともに歓喜を分かち合った。

1936年1月に「阪急」が発足。当時の東京六大学のスター選手・山下実らを集めたが、成績は41年の2位が最高だった。

戦後もBクラスが多かったが、50年代後半から梶本隆夫、米田哲也が毎年のように20勝以上をマーク。63年就任の西本幸雄監督の熱血指導が実を結びようやく67年に初優勝を果たした。

この年から3連覇を達成し、71、72年も連覇。一躍、パ・リーグの強豪へと成長を遂げた。後を継いだ上田利治監督で75年に優勝すると、日本シリーズでも広島を破り念願の頂点に。続く76、77年には巨人を連破して3年連続日本一に輝いた。

金子千尋
ケガ人が続出し、チームが低迷するなか、2年連続2ケタ勝利となる11勝を挙げた金子。8月以降は守護神としてマウンドに上がり、孤軍奮闘した。

山田久志、福本豊らを中心に常勝球団を作り上げた。88年10月、オリックスに。94年に仰木彬監督が就任してからチームが活性化。この年にイチローが210安打の大記録を樹立し、翌95年には、「頑張ろうKOBE」のスローガンの下、リーグ優勝。阪神・淡路大震災に見舞われた街を元気づけた。96年には日本一。

以後は優勝へ届かず、2002年からは3年連続で最下位。近鉄と統合され、バファローズの愛称になった05年には仰木監督が再び就任、3位争いをする健闘を見せた。06年は仰木監督が勇退し、GM職に付いていた中村勝広監督が就任、補強で清原和博、中村紀洋の加入し大きな期待を集めが、シーズン5位に終わった。テリー・コリンズ監督となった07年も、結局6位でシーズンを終えた。


岡田監督がその飛距離にほれ込み主軸として育て上げたT-岡田。5月からノーステップ打法に代え33本塁打を放ちホームラン王に輝き、岡田監督の期待にこたえた

08年も5月21日時点で21勝28敗の5位と低迷し、コリンズ監督は辞任、大石大二郎監督代行となった(8月2日から正式に監督就任)。すると小松聖、山本省吾、近藤一樹、金子千尋と4人が10勝投手になり、2位でクライマックス・シリーズに進出した。

しかし、期待された09年は新人王を獲得した小松が不振に陥り、主砲のローズ、カブレラも骨折で戦線離脱するなど戦力がそろわないまま56勝86敗2引で最下位に終わった。しかし、そのなかで金子が11勝、岸田護が10勝と奮起した。シーズン終了後に大石監督は辞任し、岡田彰布氏が新監督に就任。


岡田監督2年目はエース金子のケガで計算が狂ったが、朴贊浩や李承燁の韓国2大スターの加入や若手選手の成長で優勝争いにも絡みそうだ

その岡田監督は、守りを重視したチームを作り上げていく。また若手のT-岡田を主軸として起用。交流戦に入り、大爆発を見せたT-岡田(交流戦MVP)の活躍などで初優勝を飾った。しかし、その後チームは不調となり4、5位争いに甘んじる。そのなかでエース金子千尋が7月から13連勝を記録するなど活躍し最多勝を獲得。攻撃ではT-岡田が33本塁打でホームラン王になった。しかし、チームは5位に沈んだ。

球団名変遷
1936~1946 阪急
1947~1988 阪急ブレーブス
1989~1990 オリックス・ブレーブス
1991~2004 オリックス・ブルーウェーブ
2005~ オリックス・バファローズ
フランチャイズ球場変遷
1952~1990 西宮球場
1991~2002 グリーンスタジアム神戸
2003~2004 Yahoo!BBスタジアム
2005 スカイマークスタジアム/大阪ドーム
2006 スカイマークスタジアム/京セラドーム大阪
2007~2008 京セラドーム大阪/スカイマークスタジアム
2009~ 京セラドーム大阪
2011~ ほっともっとフィールド神戸

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